2000 SUMMER vol.62
〜WOMAN CLOSE-UP〜
 【すべてを読む】相原みね子
 「結果的にプレーヤーさんは個人戦で2位になりました。練習ラウンド以降、ある程度私を信頼してくれたようです。例えばバーディーパットを沈めると、“ミーチャン!(プレーヤーはカナダカップ中、相原をこう呼んでいたという)ナイス!”と言ってくれたんです。

もちろん私も嬉しかった。でもプレーヤーさんが良い成績を挙げられ、自分の責任を果たせた充実感の他、これまでとは自分の仕事に対する考え方が大きく変わった。喜びが加わったのです。このカナダカップでの経験が、その後の私を一人前のキャディにしてくれたと思っているんです」と相原は言う。

 どこが変わったのであろうか。前述のとおり全くゴルフを知らなかった相原が、わずか5年で世界のゲーリー・プレーヤーに認められるキャディになっていた。恐らく事前にピンプレースメントを調べなかったとしても、プレーヤーは相原のキャディぶりに不満を持つことはなかったはずだ。つまり霞ヶ関カンツリー倶楽部のキャディ教育は世界レベルにあったと言ってもいい。

 「どこかでキャディはお客様のクラブ運びをつつがなくこなせばいいと思ってたんです。でも違うんです。キャディは選手と一心同体なんです。それを一般のアマチュアの方に置き換えれば、競技者が心から“楽しかった”と満足して帰ってもらえるように、私たちは援助しなければならないと思いました。一心同体なんですからお客様が満足してくれれば、キャディも満足なんですよ。そのためには……」と言って相原は言葉を飲み込んだ。


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