最終組のスタート直前、会場の桑名カントリー倶楽部に突如として雨が降り始めた。急いで雨具の用意をする選手たちに混じって、単独首位スタートの稲垣智久(岡崎)は、これからのプレーに思いをめぐらせていた。「優勝争いの緊張感を楽しむ。こういう状況でプレーできることが競技ゴルフの魅力なんだ」自分に言い聞かせて1番ホールをティオフした稲垣は3番(パー5)で6メートルの下りスライスラインの難しいバーディパットをねじ込み、後続を引き離しにかかる。しかし、素晴らしいコンディションに整えられた桑名カントリー倶楽部のグリーンは、雨の影響もなくその固さとスピードで出場選手を苦しめる。「ショットがピンに絡むようなことは、
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私達アマチュア選手では多くない。どれだけアプローチとパットで凌げるかが勝負。でも、ここのグリーンは、たやすく攻略することは難しい」と話す稲垣は、4番から3連続ボギーを叩く。7番でひとつスコアを戻したものの、8番(パー3)で再びボギー。前半で2つスコアを落とし、同組の田村敏明に1打差に詰め寄られる。そんな苦しい状況でも稲垣を支えたのは、「プレッシャーを楽しむ」気持ちと、「自分がこれだけ苦労しているのだから、他の選手も同じように苦しんでいるはず」という思いだった。天候が回復した後半、10番、12、14番をボギーとした稲垣に最大のピンチが訪れたのは15番(パー3)。185ヤードのこのホール。昨日は5番アイアンでグリーン奥に外して、苦戦しながらもパーセーブをしている。今日も同じ5番アイアンを手にした稲垣は、昨日のプレーを思い出し、「今日もグリーンオーバーしてしまえば、ダブルボギーになる。それなら、軽めに打とう」と、スウィングをしたが、「インパクトがちょっと緩んだ」ティショットが手前の池に吸い込まれる。池の中の球を確認した稲垣は、やおらシューズと靴下を脱ぎ、ウォーターショットの準備を始めた。「ここは最悪でもボギーで抑えたかった。球を確認したら、打てる可能性があったので、思い切り振り切るしかないと」決意を固めたこのショットをグリーンエッジまで運び、最大のピンチをボギーで凌いだ。その後3ホールでパーを積み重ねた稲垣は、通算9オーバーパーで優勝杯を手中に収めた。「プレー中は、ずっと余裕がなくて。でも、目の前の一打に集中できていた」と頬を緩ませる。第2ラウンドを終えて、「緊張感の中でプレーする覚悟は出来ている」と話していた稲垣。幾度かのピンチを凌いで手にした優勝も嬉しいが、「しびれる中でプレーする喜び。これは麻薬のようなもの」と、競技ゴルフの楽しさを再確認できたことにも喜んでいる。「3日間、ダブルボギーを叩かなかった。これが勝因ですね」最後まで自分と向き合い続けた稲垣の真摯な態度に、最後に勝利の女神が微笑んだ。
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