「おめでとう」2メートルのパーパットを入れた最終ホール。宮澤はグリーン上ホールアウトして役員やカメラマンから優勝を知らされ目を見張った。「信じられなかった」。その直後、うれしさで大粒の涙がこぼれた。
大混戦。アウトを終わって1オーバーパーの宮澤、青木が首位。小楠が2オーバーパーで続き酒井が3オーバーパー。これに4オーバーパーの藤本らも絡んで優勝の行方は混とんと。そんな中から宮澤は17番、180ヤードのパー3のショットをユーティリティーの3番でホールインワンかという会心のショットでバーディーとする。「カメラマンさんがあつまってきたけれどスコアは通算1オーバーパーだし、でも最終組なので写真、
撮られてるんだ」しかし、このとき1打リードしていた。だから最終ホールは10メートル第1パットを入れるつもりで打ち2メートルオーバーした。もし外れてていたらプレーオフ。
京都に生まれ東京、栃木、京都、そして現在の宮崎。点々と全国を転居したのは「すべてゴルフのためだ」と父・栄治さん。「練習環境を求めると一家で全国を旅することになった」両親と妹と今は宮崎在住、父親は東京で仕事をし、ときに日帰りでコーチに訪れる生活だ。
「おかげで人間関係とゴルフがうまくなった」宮澤は笑う。学校が変わりさみしいこともあるが、プロをめざしゴルフを極める生活には満足しているのだ。
小学生のとき丸山茂樹のスクールで3ホール、丸山に受けたレッスンがきっかけでゴルフをはじめた。中学2年で今大会、12~14歳の部優勝で自信がめばえ、いま高校1年で高校ナンバーワン。グリーン上、無心のパットで獲得したビッグタイトルこそゴルフにかけた執念のたまものだった。
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