100回記念大会として特別承認で出場資格を得た過去のチャンピオンたち。1981年大会優勝の内藤正幸、1982年大会優勝の金本勇、1985年大会優勝の中川隆弘、1989年大会優勝の尾家清孝、2000年大会優勝の和田博の5人である。その内藤、中川、尾家、和田が1組目でスタートした。日本アマのチャンピオンとなったあと、そのゴルフや心構えで変わったことはありましたか?という質問に「恥ずかしいことはできない。ゴルフでも私生活でも、チャンピオンに相応しい生き方をしないといけないな、と改めて感じましたね。それほど大きなタイトルだったと思います」と中川は、語った。「重いですよね」としみじみ語るのは内藤だった。
尾家にしても和田にしても、日本アマのタイトルが欲しいと思って研鑽してきた日々と、タイトルを獲ったあとの別の意味での試練があったのだろう。
「2日間、ほんとにいい経験をさせてもらいましたよ。ある意味、初めて楽しめたんじゃないかなぁ。ゴルフって不思議なんですよ、上手くなりたいと思って情熱を燃やすでしょう?今度は、年齢とともに下手になるわけです。でも、下手になるから、また上手くなりたいと思うんです。だから幾つになっても、ゴルフはやめられないし、面白いし、情熱が失せないんです」と内藤が言った。
和田は、この2日間を振り返って「小野しにても、そして廣野にしても、こういうコースで戦うと、やっぱりゴルフは基本なんだな、と改めて感じさせてくれます」と語った。尾家は「もっと若い選手たちがゲーム性を学んでくれるといいのになぁ」と呟く。3人に、惜しかったと言わせたのは、中川隆弘だった。「タラレバだけど、上がり2ホールのボギーはもったいなかったねぇ」というと「いや、その前にダボが2つありましたから」と切り返す。「うーん。まだ行けそう(試合で戦えそう)という気持ちも正直感じましたね。でも、やっぱり離れていると、やってはいけないことをやってしまうんですね」と言った。その中川は、いまは大阪府議会議員で府政に携わっている。
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