「スコア的には、120点です。最近の自分の調子では、出るスコアではないんですが……まさか、という感じでした」と藤田寛之は、内心なにか含みのあるようなコメントをした。スコア的には、圧巻だった。とりわけ4番から9番までの6ホール連続バーディ、ノーボギーの前半は、29(パー35)というスコア。後半に入ってから、その勢いは緩くなったものの、12、17番でバーディ。唯一のボギーは、15番だけだった。
藤田の今シーズンは、悩みに悩み抜いていた。ショットが悪いのだ。藤田の持ち球の見事なフェードボールが姿を消して、ボールが左へ曲がってしまうことがあった。ショットがつながらずにスコアにならなかった。
「
東海クラシックのときに、芹澤(信雄)さんに、見てもらったんです。しつこいぐらい、いや、ほんとにしつこく教えてもらったんです。まるで初めて芹澤さんの門を叩いたときのように、頭で納得して、さらに体に納得するまで、しつこくです」と語っていた。
藤田にとって、今シーズン初めて「俺ってシード(権)獲れるんだろうか、という不安感がありました」という。かつて賞金王(2012年)まで上り詰め、海外メジャーを率先して戦っていた男の苦しみが伝わってきた。
「1回、2回じゃ理解できないんですね。僕が、やってきたことと、芹澤さんに治されたこととの隔たりがあるわけです。それをしっかりと頭と体で理解できて、やっとどこが違っていたのかまでたどり着いて。それで、言っている(教わった)ことと、やる(実際のスウィング)ことの感覚を馴染ませることが、少しずつできてきたんです」そんな、どん底から藤田が第1ラウンドで7アンダーパーの首位タイとなった要因は「ふたつあります」と言った。ひとつが、芹澤プロからのスイング矯正。もうひとつは、パッティングの練習方法だった。
「どうしても、ストロークのことばかり気になってしまっていたんですね。そういう練習方法から、(ジャスパー・)パーネビックがやっているように、ティーペグを2本指して、自分がどこへ打ち出したいのか、目線はどうなのか、その方向に打ち出せているのかというチェックの練習方法に変えたんです」という。つまり足元のストロークばかりに気をとられて、ボールの行く手まで行き届かなったということだろう。
「スコア的には、120点」と、敢えて条件付きのコメントを言った背景には「今日のスコア、バーディには、まだまだ内容的に半信半疑なところがあるからです。例えば、6番は、チップインでのバーディだし、12番は、10メートルが入ってのバーディです。ショットが常に、5、6メートル以内でのバーディならば納得できるのですがね。まだまだやってはいけないミスがあって、そのぶんラッキーで助けられたのですから」自分のゴルフの本質的には、100点とはいえないということなのだろう。
「とりあえずは、明日です。明日、1つでも2つでもアンダーパーで回れればね。4日間の流れや動きまでは、まだまだかなぁ。それに、今回のコースは、ようやく世界のスタンダードになった日本オープンという認識がします。昔ながらのザ・日本オープンのセッティングではなく、いま、世界基準となるようなコースに改造され、セッティングされています。素晴らしいです。たまたま悪天候などの原因で、グリーンを固く締めることができていなかったのでしょうが、日々、グリーンが締まってくると、どうなることやらです」。
来年は、シニア年齢の50歳を迎える藤田だが「まだまだレギュラーツアーで踏ん張りたいし、できれば、トロフィーも欲しい」という意欲と夢を持ち合わせている。
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