最終ラウンドの18番グリーン。ウィニングパットを沈めた稲森は、ガッツポーズとともに、思わず叫んでいた。「ヨシ!」
念願のツアー初優勝が、日本オープンというビッグタイトルだった。その喜びを上回っていたのが、達成感であった。「やりきった自分に感動しています」。稲森は、そう表現した。第2ラウンドの13番で第2打の狙いに迷った末、決断できないまま打ったショットは池に沈んだ。ドロップしてのアプローチショットも寄らず、パットも決まらず…でダブルボギーを叩いてしまった。そこからゴルフを一変させて攻めまくり、5ホールで4バーディを奪ったことが、今大会の大きな転機になった。
勇気をもって攻める。攻め抜く
。「それができた人が、優勝する大会なんだ」。稲森の閃きだった。弱気になったり、逃げの気持ちになると、コースの罠にはまり、簡単にボギーになってしまうことを肌で感じていた。恐れず、ひるむことなくピンを攻めることこそが、チャンスを生み出し、防御にもつながる。第3ラウンド、そして最終ラウンド。稲森の決断には、少しのぶれもなかった。藤田寛之が「これぞ世界基準のコース設定」と絶賛したナショナルオープンの舞台は、勇者のゴルフを要求していた。フェアウェイをキープし、確実にグリーンに乗せる。稲森のゴルフは、そんなふうに見えたかもしれない。その実、そのゴルフの内容は、けっして堅実をテーマにしたものではなかった。攻め抜くことで、安全でそのゴルフ確実なゴルフになることをつかんでいたのだ。
最終ラウンド。ドライバー、フェアウェイウッド、ユーティリティクラブを使い分けたティーショットは、ただの1度もフェアウェイから外れることはなかった。コントロール精度の高さは、稲森の最大の武器のひとつである。グリーンを外したのは2ホールだけだった。ほとんど、しっかりスピンのかかるピン近くのエリアをとらえていたショット精度の高さが、攻めのゴルフのバックボーンになった。
今大会の稲森のプレーに、日本女子オープンを制したユ・ソヨンが展開した世界基準のゴルフがダブって見えた。綿密なコースマネジメントとホール攻略。それを実践させる高い技術。そして、万全な状態の体調。体・技・心が、これ以上にない高いレベルでそれぞれを支えあいながら澱むことなく機能していた。勝つべくして勝った、というのは、そこである。
2014年の全米オープンに優勝したときのマーティン・カイマーの話を思い出した。舞台は難コースで知られるパインハーストNO.2。7562ヤードでパー70という超難関コースである。カイマーは、攻め抜き、攻め切った。「ここでは、ひるんだり、少しでも弱気になったらコースの餌食になってしまう。攻め抜く勇気がなければ、勝ち切れない。自分は、それが、最後までやり抜けた。こういう難コースでは、成功と失敗は紙一重のところにあるが、自分を信じて攻め切らないところに、勝者は存在しない。自分は、やり切った。優勝は、もちろんうれしいけど、それより大きいのは、達成感だ」。
稲森にとって、13番は閃きのホールであったと同時に鬼門でもあった。第2ラウンド、第3ラウンドと第2打を池に打ち込んでいる。トーナメントリーダーとして迎えた最終ラウンドは、徹底的に池を避けるのかと思ったが、なんの、第2打を5番ウッドでピン左5メートルに乗せ、ついに池ではなく、カップの底にボールを沈めて見せた。みごとなリベンジで優勝を引き寄せたものだった。
稲森の心の中にあったのも、これ以上にない達成感だったのではあるまいか。優勝は、そのご褒美でしかない。それが、今大会での稲森の4日間の戦いであったという気がしてならない。
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