4バーディ・2ボギーで前日より2ストローク伸ばして迎えた9番ホール。蝉川は、どのクラブでティーショットを放つか早々と決めていた。手にしたのは3番ウッドだった。刻み作戦?そうではない。林越え、池越えになるこのホール、第3ラウンドは303ヤードの設定で選手たちに1オン狙いのアグレッシブなプレーを誘っていた。蝉川に迷いはなかった。ややアゲインストの風。「3番ウッドで強い球を打ち出せば届く」という答えを持っていた。
池の手前で、林が気にならないエリアにレイアップする戦術も考えられた状況で、実際にその方法でアイアンでティーショットする選手も少なくなかった。
蝉川は、なぜ少しの逡巡もなく3番ウ
ッドで1オン狙いを選択したのであろうか。そこには、まだアマチュアなのだが、それこそ世界のトッププロのような思考が働いていた。
「ここで、どんなプレーをしたら見ている人を驚かせ、喜んでもらえるだろうか。僕は、自分のギャラリー目線を大切にしたいと思っています。まだ子供のころ、タイガー・ウッズやババ・ワトソンといったプロが、考えられないようなショットを放ってピンチから一転しての大チャンスを作って、それをバーディにつなげてもいました。テレビで見ていて、本当に驚かされたし、感動したことを覚えています。自分も、いつか、あんなショットを打てるプロになって、大ギャラリーに大歓声を挙げさせてやるんだ…なんて考えたものでした。自分はアマチュアではありますが、根底には喜んでもらう、驚いてもらう、という意識があります」
蝉川の名前の由来になったタイガーはじめ、各スポーツ界でスーパースターと称されるようになった選手には、ギャラリーやファンが、その場面で何を見たがっているのかを常に意識して感動を呼ぶ。エンターテイナーである。日本の野球界で空前絶後の人気を集めた長嶋茂雄さんを例に出すまでもなく、プロフェッショナルとは、何か。どうあるべきか。それを常に考え、自分のパフォーマンスの基準にしてきた。それがスーパースターにカリスマ性を与え、さらに人気を高めていく。“オーラがある“と表現されることもある。
蝉川には、早くもその資質が備わっている。9番ホールで1オンを果たし、ギャラリーからは大歓声が挙がった。さらに8メートルはあろうかというイーグルパットをカップ真ん中から決めて、グリーンは、もう1オクターブ高い歓声と拍手に包まれた。
「イーグルを決めて、自分も興奮しましたけど、皆さんが喜んでくれたことが、何よりもうれしくて、楽しかったです」
ギャラリーを味方につける。これもトッププロが演じてきたパフォーマンスである。続く10番(パー4)では風を読み違えてグリーンをはずしたが、そこからチップインのバーディを奪って見せた。勢いは止まらない。距離が長く、選手たちを苦しめるホールのひとつである12番(504ヤード・パー4)では、ドライバーショットで楽々300ヤード越え。残り185ヤードの第2打を8番アイアンでピンそば50センチにつけた。ここでも「ウォー!」と何度目かの大歓声が起き、その中で、ほとんどタップインのバーディパットを沈めた。さらに15番でもバーディを加え、第1ラウンドに自身がマークした64を上回る63のビッグスコアで通算13アンダーパーにまでスコアを伸ばし、2位に7打差をつけてのホールアウトとなった。
驚くべきことは、もうひとつある。スタート前に蝉川は幼馴染のキャディに「今日は、8アンダーパーを出そう」と話しかけていた。その目標スコアには1打足りなかったが、「それは、最終ラウンドにとっておきます!」。独走態勢からさらにぶっちぎってのアマチュアとしては、過去に例のない年間ツアー2勝を挙げようとしている。
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