ゴルフ競技での競い合いで難しいのは、同じフィールドで戦いながら、ゲームに時間差があるからだ。自分の眼の前の的は、同伴競技者の1人か3人。だから優勝争いが組を跨いでしまうと、目の前の敵が、どういう戦いでどこまで迫っているかわからない。それが自分との戦いと言われる所以なのだ。
岩﨑亜久竜は、最終組から4組前。スタート時間でいえば、その差は30分の違いがある。混沌としたゲーム展開。最終組が前半を終えたところで、平本世中と岩﨑亜久竜が、ともに通算6アンダーパー。そして追う石川が通算4アンダーパー。岩﨑は、前半を4バーディ・1ボギー。「9番ホールのリーディングボードを見て、自分が首位にいることがわ
かりました」という。4組前の選手が、追い上げてきたという流れだった。首位を走っている平木が、10番でボギー。さあらに12、13、14番とボギーを叩いてしまった。優勝の行方は、岩﨑を主軸に動いていた。
ちょうど石川が、14番(パー3)で1.5メートルにつけてバーディを奪い通算5アンダーパーとした時間帯に、岩崎はすでに15番をプレーしていた。石川が1打差に追いついた。その直後だった。岩崎は15番(429ヤード・パー4)にいた。その第2打をピタリとつけて、やはり1.5メートルほど。岩﨑は、石川がバーディを奪ったことを知らなかった、岩﨑は、そのバーディパットをしっかりと沈めて、通算7アンダーパーとし、再び2打差のリードで終盤に向かった。岩﨑にもピンチがいくつもあった。13番(502ヤード・パー4)。第1打を左ラフに入れて、カート道の泥濘の中。それをドロップして第2打を打って手前バンカー。そこから2メートルに寄せてのナイスセービング・パーだった。それがあっての15番のバーディに繋がったのだろう。
岩﨑が17番でプレー中、石川は16番でバーディ。正確には、岩﨑がカラーからのパッティングのアドレス準備のときに、大歓声が聞こえた。石川のバーディだと察知していた。それでも、岩崎の精神力の強さは、仕切り直しして、しっかりとパーとしたところにあり、岩﨑がヨーロッパツアーで学んだ踏ん張る力だったろう。石川が2ホール残して岩﨑を1ストローク差で追う展開になった。茨木カンツリー倶楽部・西コースの終盤は、なにが起こるか解らない、何が起きても不思議ではないホールだ。岩﨑は、先に18番にやってきた。542ヤード・パー5である。1打差は、もし岩﨑がパーでホールアウトし、石川がイーグルなら大逆転となる。岩﨑には、石川がグイグイと迫りくる足音をしっかりと聴こえていたはずだ。その岩﨑の第1打は、大きく右に逸れてしまった。行ってみれば、深いラフ。臨時の動かせない障害物が介在したので、ドロップをした場所からはグリーンまで障害はない。ただ左に迫っている大きな池だけが危険ゾーンである。つま先上がりのラフ。ホールの位置は、左サイドのバンカーのすぐ上に、カップが切られている。
残り238ヤード。4番アイアン。「(刻まないで)確実にバーディとってプレーオフなしで決めたかったので。救済を受けて(テレビ塔の裏で10ヤード戻した)ラフが浮いていたので普通に4番アイアンで打てるなと思いました。ただ正面に松の木があったので、インテンショナルスライスで、グリーンの右端でもいいと思って打ちました」ボールは、グリーンに見事乗って、ピンまでも8メートルほどだったか。今日のホールロケーションは、左奥。左4ヤード。そのすぐ側にはバンカーがある。手前から27ヤード。シビアなポジションだ。
その岩﨑の第2打でとまどっている間に、石川は18番ティーイングエリアにやってきていた。その模様を、しっかりと肉眼で確認していたはずである。スタートからはじまって、石川が岩﨑を肉眼で見たのは、おそらく初めてのことだったろう。岩﨑の第2打の素晴らしいショット。それが見事にグリーン乗せたことを石川は、見つめていた。石川は、それを見て、やはり素晴らしい第1打を放った。その2打地点で、岩﨑がバーディを奪って、通算8アンダーパーとしたことも解っていた。2打差だ。石川は、第2打を直接入れるか、少なくともイーグルを獲らなければいけないことは、打つ前から認識していた。石川は、残り「左ピンで左からの風に対して、前下がりで左足下がりという状 況で205ヤードくらいあったんですけど、6番アイアンで打って。自分の中ではそのライからでもちょっとドローのイメージで打ちたいなという自分がいて。あのピンをライに対して、素直になってフェードになる。ピンからフェードで打つというのがあのライではリスクが一番なくて。ただ、右のカラーに流れていくような感じにはなるなと思っていた。あそこまでのダフリというリスクは思えてなくて。自分なら打てるんじゃないかというところで、ピンの右5メートルくらいからイーグルパットを打ちたいというよくがありましたかね」と言った。イーグル狙いだった。ところが、そのショットはダフってしまう。グリーン手前のエッジ。直接入れるしか選択肢はなかった。けれども、ボールは虚しくグリーン上に止まった。もし、石川が岩﨑のショットとパッティングを肉眼で見ていなければ、ミスを誘発することはなかったのかも知れない、などと思ってしまう。
目前の敵は手強い。ゴルフは時間差があるから、余計に自分自身。己を貫き通す難しさを、最終ラウンドの競い合いで実感した。岩﨑は「優勝を意識したのは、残り3ホールくらいからでした。今年、ヨーロッパツアーで戦っていた、ほんとにシビアなピン位置だったり、セッティングもかなりタフでしたし、なかなか予選も通過しなかったんです。そういう経験が役立ったのだと思いますね。あと谷口(徹)さんに、予選ラウンドのときは、散歩してこいと言ってくださったり、優勝争いは、最終ラウンドの後半からで十分と教えてくれたし、精神面でほんといろいろ教えてくれたんですよ。そういうのが役立ちました」岩﨑は、ヨーロッパで毎週、長距離の移動やコンディションの変化、コースの難しさなどを、当たり前のように受け入れてプレーする環境が、自分の中で少しは役立ったという。だからこそ間違いなく、岩﨑は自己のゴルフを貫き通せたのだと思う。
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