最終ホール。松山英樹がウイニングパットとなるであろう2.5メートルのパーパット。構えてストロークに入る直前に「ドーン、ドーン、ドーン」と花火の音が鳴り響いた。近くの秋祭りであげた音だった。松山は、もちろん苦笑いをしながら仕切り直した。それを沈めれば優勝だ。でも、わずかにカップの左側に外した。
「いや、来るなと思っていたけど、あのタイミングで来るとは思ってもいなかったですよ」と言った。号砲は、朝、昼、夕方の3回だったけれど、夕方4時に上がる号砲のタイミングが、1分ほど早かった。それが、松山のウイニングパットになるであろうアドレス時と重なった。もし、時間通りならば、きっと祝砲に変わっていたはずだ
。
「でもね。そう(邪魔されても)であっても、あれを沈められなければ、4大メジャーには勝てないですね。まだまだ、ダメです」と反省する。
プロ転向後、初出場の日本オープンでの初優勝。嬉しさに満ちあふれているはずなのに、松山の優勝会見では「反省点」を列挙していた。「この優勝は(メジャーに勝つために)通過点ですから、まだまだ足りないことがいっぱいあります」と語った。
「今日だって、うれしいですけど、ティーショットが、フェアウェイにほとんど行っていないですし、パッティングだってなかなか決めきれなかったですし、ラフからのセカンドショットにも難点がありましたから、それらの精度をもっとあげないといけないと思っています」
でも、最終ラウンドのゲームの流れという点では、絶妙だったといえる。
池田勇太との最終組。1番で、池田が先制のバーディを奪う。すると2番で、今度は松山がバーディ。両者の動き(仕掛け)が早かった。松山が、3番でボギー。同じホールで池田がダブルボギーを叩くも4番でバーディと拮抗する。すかさず松山が、6、8、9番をバーディ。7番をボギーで、前半早くも2つスコアを伸ばし、通算6アンダーパーに持っていく。この時点で2打差。この2打差をアドバンテージにして後半へと折り返した。
松山のゲーム運びの巧みさが、ここにあったと思う。まずは、2打差離して、勝利へのレールに乗せる。そのレールに乗せた自分のゲームの流れを、脱線させずに、しかも時には加速させて流れを壊さなければ、必然的に勝利という駅にたどり着く。
「後半の10番から、14番まで、バーディチャンスがいくつもありましたが、まずは3パットすることなく、しっかりと2パットで行けたことが大きかったと思います」というコメントが、その余裕というか、レールに乗っていることを証明している。ともすれば、もっともっととバーディを獲りたくて欲をかいてしまう。それを外すと当然、外れたダメージがボディブローのようにストレスとして蓄積する。優勝争いで怖いのは、そのネガティブな蓄積だ。「なにをどうやっても入ってくれない」と思わず嘆き、落胆していた池田勇太は、ひょっとするとその渦に飲み込まれたのかも知れない。
15番で、松山がボギー。それでも、焦ることはなかった。16番、200ヤードのパー3。松山の渾身のパッティングが決まった。ピンまで10メートルの距離を沈めてのバーディだった。「ラインに乗っていたので、届けば入ってくれる」というパッティングだった。
松山は、連日、大勢のギャラリーに囲まれて4日間のゲームを終えた。「途中で、ギャラリーの声援やら、名前を呼ばれたり、日本語なのでよく聞こえました(笑)。ギャラリーの子供にイーグル獲って見せて、と、言われたとき、内心で、獲りたいけど、そんなに簡単に獲れないんだよねぇ。簡単に獲れたら苦労しないんだけどねぇ、と思いながら、楽しく(心が軽く)できました。僕のプレーを見て、子どもたちが、ゴルフへの夢を少しでも持ってほしいなと思いながら、気持ちの中で会話していました」と語った。
最終18番。松山のティーショットは右の深いラフ。グリーン右サイドが池。そのすぐ先にピンが切られている。「大勢のギャラリーのみなさんがいるから、できれば、直接グリーンを狙おうか、と、一瞬思ったのですが、難しい設定なので、池に入れて、もしやとなることもありますから、ここは、しっかりとラフから出してと思って、やりました」と、心には、余裕があった。
この優勝を振り返って「確かに、粘りとかグリーン周りとかは、アメリカでの経験が十分活かされて出せたと思います。でも、課題は尽きません」こんなんじゃ、メジャーに勝てない、って、自分に言い聞かせながら、もっと上手くなりたいと思っているのが正直な気持ちなのだと言いたげだった。
満足のいくゴルフが、優勝に必ず繋がるわけでもない。勝つゴルフ。勝てるゴルフとは、似て非なるものだということを松山は、教えてくれたゲームだった。それもこれも、松山の目指す「メジャー優勝駅」があって、その通過点だといつも精進を怠らないことが、松山英樹の強さであり、日本オープンの勝利に結びついたのだと思う。
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