寺西明が、完全優勝した。終わってみれば2位の岡茂洋雄とは5打差。けれども、決して楽勝の展開ではなかった。72ホールの戦いの中で、寺西の心情は、決して穏やかではなかった。4日間でいちばん緊張したのは最終ラウンドだったという。「確かに、3日目も苦しかったけれど、やはり最終ラウンドですね」と語る。寺西は「この日本シニアオープンが2020年に鳴尾でやると決まったときから、どうしても勝ちたい」という目標をもってやってきた。
「やはり地元であること、それにアマチュア時代からここで何度となくプレーさせて頂いていましたから、鳴尾へのこだわりは、かなりありました」という。そのための準備もしっかりしてきたという
。幾度となくこのコースでプレーし経験値もしっかりと積んだ。今回の帯同キャディも、鳴尾で10年近く派遣キャディとして来ている高杉晋さんだった。3年前からこのコースで開催されるエリートグリップ・シニアで帯同している信頼のおけるキャディである。なにもかもが、この鳴尾での日本シニアオープン優勝に向けての準備、布石だった。「もう感謝しかないですわ。会社の社員や家族、僕に関わってくれている人たち、みなさんに感謝の気持ちしかありません」と言った。だから優勝が決まった瞬間は「素直に嬉しかった」という。
最終ラウンド、寺西のスコアが動いたのは前日にトリプルボギーを叩いた4番(パー3)だった。207ヤードの打ち上げ、高低差13メートル。実測では220ヤードと踏んでいい。ユーティリティー4番で放った第1打は、グリーン手前のラフ。「乗らず、寄らず、入らずのボギー」だった。7番(パー5)で5メートルを沈めてバーディとしたが、続く8番で、再びボギーだった。
その時間帯は、寺西を追う選手たちが、グイグイとスコアを伸ばしで、ストローク差を縮めてきていた。1打差に迫った瞬間もある。
「いや、差が詰まっているということは、目には入っていましたけど、そんなことよりも、取り敢えず目の前の1打をどうするかという気持ちが強かったですよ。それだけ、ここは難しいコースということです」
寺西が「奇跡的なラッキー」だったといったのが9番だった。第1打が、左の木にあたって紛失球かな、と思ったボールが、レッドペナルティエリアにあり紛失球を免れて、最後は、10メートルほどのパーパットを沈めた。
それでなんとかなると思ったという。後半9ホールは、ずっといいゴルフができていた寺西は、そこで優勝への目処がたったのだろう。13番、14番を連続バーディとして、さらに17番でも7番アイアンでのショットを50センチにつけてのバーディ。最終ホールの第2打が、グリーン左のポットバンカー。無理せずにしっかりと出して2パットのボギー。通算5アンダーパー。2位とは5打差をつけての優勝だ。
表彰式で、寺西は「目標としていた念願の優勝ができました。次なる目標に向かってがんばります」とスピーチした。ずっと昔、ジャンボ尾崎が言ったことがある。「嬉しい!勝った、という勝利を味わえるのは、優勝カップを手にした時だ。でも、それを置いた次の瞬間は、もう新たな目標に向かっている。勝利の余韻というのは、そのくらい短いんだよ」と。いまの寺西の気持ちは、そうなのだろう。「だって、この優勝で、日本オープンや海外にも挑戦できるし、シニアの賞金王も目指せますからね」と貪欲さを垣間見た。
寺西の好きな言葉がある。「オール・ホール・イズ・バトル・フォア・アス=all hole is battle for us」私たちにとっては、すべてのホールが闘いの場である……という言葉だった。この鳴尾での戦い。1打、1打と紡いでいくゴルフゲームに寺西は、魂を吹き込んでいた。
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