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【日本オープン初優勝で池田が感じたメジャータイトルの重み】 |
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第4日
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競技報告:三田村昌鳳 写真:Gary Kobayashi / Y.Watanabe |
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3打差は、“あってない”ようなものである。特にナショナルオープンでは、そのストローク差で最終ラウンド、残り18ホールのゲームを進めていくのは、実に難しい。追う者、追われる者。その心理状態は、めまぐるしく変化し、揺れ動く。むしろ追う側のほうが、楽ともいえるけれど、追う側の立場で考えても、3打差の壁を感じる場面があるのだ。
「だから、その情況やイメージに応じて、3日目を終えて首位に立ったほうがいい場合と、逆に、そうでない場合が僕にはある。例えば、今年のフジサンケイの場合は、3日目に首位に立たないほうがよかったと思う。負けたから言うのではなく、イメージとして追う側の立場で最終ラウンドを迎えて、どう
いうゴルフをしたいというイメージがあったからです。でも、今回は、3日目に首位に立って最終ラウンドを迎えたかった」と言った。
その微妙な感覚は、池田勇太や戦う選手によって違うだろうし、理解し難い。けれども、池田にとっては、第3ラウンドを終えた時点で(勝ちに行く)イメージは、できていたのだろう。
池田勇太が通算12アンダーパー。それを追って片山晋呉、P・マークセンが9アンダーパーで迎えた最終ラウンド。スコアが最初に動いたのは、片山晋呉だった。2番でボギー。そしてともにボギーとしたのが5番である。片山が、しかけた。6番でバーディ。けれども、8番でボギーとして、差は縮まらない。池田は、静かに、丁寧にパーを重ねて後半へ向かった。「前半の最初のあたりでなかなか(バーディチャンスが)入ってくれないので、今日は、こういう日なんだなと。耐える日だなと」だから焦りがなかったという。「(前半で)入れたかったと思ったのは、9番だけ」だった。むしろ後半にどういうプレー展開をしていくべきかが念頭にあったのだろう。それは、片山晋呉とのマッチプレー的な息詰まる攻防があったからだ。
池田がゲームの流れを自分のところに囲い込んだのは、11、12番のバーディだった。まさに値千金だった。特に12番では、右ラフからの第2打をグリーン手前に運んで、そこからチップインのバーディ。通算13アンダーパー。これで迫り来る片山、マークセン、そして小平智の外圧を撥ね退けた。
しかし、追う片山も諦めない。12、13番をバーディとして通算10アンダーパー。さらに小平も14番でバーディとして通算9アンダーパー。そして、池田が、14番でボギーとして、通算12アンダーパー。終盤の2打差は、あってないのと同じ心情で戦うことになった。
16番(204ヤード・パー3)。池田勇太が痛恨のダブルボギーを叩いて、混迷の優勝争いとなった。池田通算10アンダーパー。そして、片山が14番をボギーとし、小平とともに1打差の通算9アンダーパーとなった。その16番。池田は「ピンまで204ヤードと読んで、5番アイアンで打った。あんなに飛ぶとは思っていなかった」と言った。ボールは、グリーン奥のバンカー。しかも反対側のバンカーの淵近く。やや左足下がりで、バックスウィングではそのバンカーのアゴに当たりそう。しかもそこからピンまでは下り傾斜。どうしても低いボールになる。止まる確率はほとんどない。「バックスウィングでアゴに当たらず、しかも止まってくれそうなところを探したら、ピンのずっと右側。カラーで止まってくれれば、と思って打ったボールが、あとひと転がりで、ラフに入ってしまった。ティーショットを打った結果で、ボギーは覚悟していた。さらに2打目を打ち終わっても、なんとかボギーに収めようと思っていたのにね。4が5になったことは、ミスです」と語る。
「でも、あのダブルボギーで、逆に冷静になれたのかも知れない」と池田はいう。通算10アンダーパー。2位の片山、小平とは1打差。残り2ホール。17番(415ヤード・パー4)。池田は、冷静にティーショットを3番ユーティリティで打ち、残り199ヤードの第2打も5番アイアンでしっかりと打って8メートル。それを見た片山は、逆に18メートルも残した。両者ともにパー。
18番(607ヤード・パー5)。池田は、フェアウェイに第1打を落とし、続く第2打も、押さえ込んだ絶妙のショットでグリーン手前の花道まで運んだ。そして第3打は、グリーンの奥深くにあるピンの位置を狙って、果敢に攻め、ピン奥のエッジ際からバックスピンで戻し5メートル。それを2パットで沈めた。片山は、バーディを逃し通算9アンダーパーでホールアウト。1打差で池田勇太は、日本オープン初優勝を飾った。
「初優勝が、メジャーの日本プロ。自分では、メジャーの重みもなにも分からないうちに勝ってしまったから、正直、メジャーに勝つという重みや難しさが理解できていませんでした。この4日間(日本オープンで)戦ってみて、あー、メジャーで勝つというのは、こういうことなのか、と噛み締めました」と語った。
実は、池田勇太の優勝には、いくつかの伏線がある。ひとつは、ANAオープンのときに、奇しくも片山晋呉と一緒に回っていて「このまま日本オープンに向けてピークを持っていけば、チャンスがあるよ」と言われたことだ。次に、コースセッティングである。「練習ラウンドにきて、あー、こういうセッティングならば、選手の技量を出させようと求めているな。そう。プロの技量をくすぐるセッティングだなと思った。正直な話、いままでのようなセッティングだと、深いラフからウェッジで出すだけとか、技量をくすぐるという感じでなかったからね」と、本音も語った。
さらに第3ラウンドを終えたときに「ある思いがあるから……」と言っていたことである。
「3週間前に、キャディの福ちゃん(福田央さん)が『日本オープンに勝ちたい!』って、真剣な顔で言うんですよ。あまり物申さないキャディなんだけど。そうかぁ。そういう思いを共有してみようかな」という気持ちを持って日本オープンに臨んだ。
表彰式。池田勇太は優勝スピーチの中で、その話をし始めた。途中、涙が止まらずに言葉が詰まった。「福ちゃんの気持ちになって考えたら、泣いちゃったんですよ」と言った。池田勇太は、これでツアー12勝。今季初優勝。もちろん日本オープン初優勝だが、アマチュア時代に2度(2003、2007年)ローアマチュアを獲得している。
「確かに、プロ転向して2年間で8勝したけれど、まだ頑張れていない自分も、ここにいる。だから、これからを見ていてください」と締めくくった。
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