うがった見方をすれば、競い合う相手が、菊地絵理香で、彼女の粘っこいゴルフが、原英莉花の勝利の支えになった試合だったと思う。
原は通算11アンダーパー。菊地は通算10アンダーパーで最終ラウンドを迎えた。そのストローク差は「1打」。無いに等しい差である。原が、まず先制パンチを打ち出した。1番(パー5)。2オンして2パットのバーディ。だが、続く2番で、ボギー。「あ、ガンガン攻めるだけではないなぁ。引き締めていこう」と思ったという。すかさず菊地が3番でバーディを奪い、ジャブで打ち返す。原も、黙っていない。5番(パー5)でイーグルを奪い取った。「ピンまで234ヤードで3番ウッドを使って、左横5メー
トルがはいりました」。菊地も負けていない。バーディで死守する。「1打差」は、変わらない。原は、そのストローク差を、もう少し引き離したい。チャンスは、7番(パー3)だった。7メートルを見事に沈めた。その差は「2打」とした。やや難しい前半で2打突き放して、残り9ホールへと向かっていった。
ふたりとも、重たい時間帯が続いた。菊地は、6番から14番までの8ホールでずっとパープレーが続く。原も、8番から7ホール、ずっとパープレー。原のショット力。菊地の粘り、執念、歯を食いしばるような粘着力の強いプレー。それが、上質なゲームの原動力になっていた。原は「ドライバーショットがコントロールできていたので、良いスコアが出るのではと思っていた」という気持ちを大切にプレーした。
午後3時ごろに、芦原ゴルフクラブがその牙をむき出した。雨と風である。風の強さは、4日間でいちばん強くなっていた。二人の戦いのギアが、上がっていた。勝負の分水嶺は、15番(パー5)だろう。原は、第1打をフェアウェイ。そして第2打は、グリーン左サイドのエッジ。ピンまで61ヤード。うまく4メートルに寄せ、1パットで沈めてのバーディ。ガッツポーズを見せた。菊地は、2.5メートルのパーパットをしぶとく沈めてのパーだった。「つけいる隙がなかった。原英莉花さんが良いゴルフをしていましたし、シビアな厳しいパーパットとかも終盤入れていたので、もうあそこまで隙の無い良いゴルフをされると、ちょっともう厳しいかなと思います」と菊地が言うように、原の冷静かつ淡々と攻める勢いが衰えることがなかった。原は、ストローク差をようやく「3打」にすることができた。残り3ホール。パー4、パー3、そしてパー5である。「原英莉花さんは結構パー5で2オンしてくる感じなので、私は乗らないので、なるべく 3 打目を寄せてバーディをとって、短いパー4で勝負してという感じでした。なかなかそれも上手くいかなかったので。まあでも十分やりきったかなと思います」と振り返った。菊地のしぶとい、粘り強いプレーは、最後まで途切れることはなく、原の集中力を研ぎ澄ませることになった。
「昨年の夏ごろですかね、シード権も普通の状態なのに取れないんじゃないかなと思いながらプレーしていたときが、いちばんつらい時期だったと思います」その後、この5月に腰のヘルニア摘出内視鏡手術をした。「まさか手術なんて、選手生命のことを考えたり不安はいっぱいありました。でも、ゴルフができるという気持ちが湧いてでてきましたね。日々練習できることも嬉しいし、(腰の故障で)腕を磨けずに試合に出ていたもどかしさもなくなって、まるで子供のような気持ちでゴルフができるようになりました。そういう前向きさがでてきたと思います」原は、人知れぬ苦悩を乗り越えていた。きっと諦めない気持ちが、心の底から溢れ出てきたのだろう。
勝敗の軍配は、原英莉花にあがったけれど、この菊地の踏ん張りが、原をいい意味で刺激し、後押ししていたのかも知れない。
ときに、勝者は、競い合う相手の技量と気力によって、より能力を引き出される。そんな戦いだった。
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